現在は19歳で専業主婦、1児のママです。

左右両手の中指と薬指と人差し指を同時に8歳くらいの小学2年生の時にまとめて、骨折したことがあります。当時毎日ピアノの発表会にむけて日夜練習に明け暮れていた所、寝不足気味でピアノを弾きながら寝てしまい、ピアノのフタの部分に頭をもたれてしまいました。そしたら、フタの部分が指の上に直撃しました。

ほんと驚きました、めちゃくちゃ痛くてピアノが弾けるような感じではなくなり、その日は寝ました。次の日朝起きたら指が普段の三倍位に腫れ上がって、スプーンが握れない程の鈍い痛みもありました。着替えるのも難しい、関節がまげられないから作業もやりにくいし、痛みも出てくるし、どうしたらいいか全くわからず、母に連れていかれるまま、結構大きめの大学病院の形成外科にいきました。このときは正直折れてるなんて思わずただの一過性のうちみだとおもってたのですが、だんだん不安になってきますね。学校を、休んで病院に行ったところ、亀裂骨折で全治3週間との事です。

発表会まではあと10日を切っていたので、かなり落ち込みましたが、診断が出て3日で腫れ上がっていた指がほぼ元の太さに戻ったので、勝手に練習再開をし、発表会にもなんとかでました。指の痛みはずっと残っていたので、練習中何度も止まったり休んだりしてしまっていて仕上がりもふあんでしたし、なによりもいつもと感覚がちがうのでミスタッチしないかが怖くて楽しめないまま発表会は終わってしまいました。発表会が終わり通院したらなんとなんと、亀裂骨折が広がっているとのこと。

無理をしすぎると治りが悪くなるとめちゃくちゃお説教されました。その後はピアノも完全におやすみをすることになり、週に2回ほど通院しました。子供だったので金額や保険の有無や治療法は覚えてませんが、レントゲン写真を、取った記憶だけはあります。なんだかんだ完治までに1ヵ月と半分くらいかかってしまいました。無理はするものでないですよね。子供ながらに必死だった思い出でもあります。そのときの発表会で演奏した、乙女の祈りは今になっても痛みが蘇る曲になってしまいました。

あんな痛みに耐えてまでピアノを弾期待なんて思えた当時の自分自身に今現在の私はとても驚いてます。唯一骨折して助かったことは、学校でノート取ったり宿題やったりするのを免除してもらえたり、体育の授業を見学でよくなったり、給食当番を免除してもらえたり、休み時間教室に、いても先生から何も言われなくなったりと、特別扱いされた事が、当時めちゃくちゃ嬉しかったなぁなんて後にも先にもあんなに、優しい対応の先生を見たことがないので、思い出す度にちょっぴり。また、嬉しかったりします。

苦労したのは、ご飯を自分で食べることも、お風呂で身体を洗うことも、着替えることも、ランドセル背負うことも、ひとりじゃやりにくくって、めちゃくちゃ大変だったなぁなんて思います。辛かったところは、ピアノが弾けなくて辛かったり、遅れた分を取り戻す為にまた寝不足になってしまったりと、メンタル的にやられる所が多かったところが辛かったです。もう、あんな思いしたくないのでピアノの前に寝不足の時は座らないようにしています。あの怪我がなかったら、まだまだピアノを弾き続けていたのかなぁなんて、少しさみしくなってきちゃいました。自分の子供にはピアノはおすすめしないかな、ママみたいに怪我しちゃうよー。って脅迫でもしておかないとまた繰り返しに同じことをしそうで心配です。もう二度とピアノの前に座らない!弾かない!覚悟占めました!!乙女の祈りを聞く度に怖い思いをするのはちょっと嫌だなぁ。