10代の半ば頃、私の仲の良い友人はおっぱいがとても大きく、いつもそのことが悩みだと私に話していました。ですが、その話を聞く度に「どうして私のおっぱいはぺちゃんこなんだろう…。」とどこか寂しい気持ちになったことを覚えています。どちらかと言えば性格的に活発な性格で、明るい方だと自分自身では思っていますが、おっぱいのことになるとどうしてもネガディブに考えてしまうことが多くありました。
その友人とな同じ部活で、遠征などで一緒に泊まる機会などもあり、一緒にお風呂に入ることもありました。友人が自分自身のことをおっぱいが大きいと言っていた通り、私から見てもその大きさと形の良さにビックリしました。大人のきれいなお姉さんのおっぱいという表現が合うようなおっぱいでした。そのおっぱいを見た瞬間、一緒にお風呂に入るのが恥ずかしいとさえ思うようになりました。
私のおっぱいは友人のおっぱいと比べると、まず第一にものすごく小さいです。自分で言うのも変ですが、形はそんなには悪くない方だと思います。ですが、圧倒的に大きさが小さいので、形うんぬんのきれいさが全く目立たないような言わば「残念なおっぱい…。」という言葉がピッタリなおっぱいでした。
おっぱいが小さいことで、いろいろな嫌な思いをしましたが、中でも一番嫌だったことがプールの授業でした。プールに入る前は、着替えを行わなければいけません。まずその時点で憂鬱でした。さらには、水着はおっぱいの大きさがモロにバレてしまうので、水着を着ることすら抵抗がありました。友人のように、「おっぱいが大きい人なら水着がかっこよく着られていいだろうな。」~と思ったことが何度もあります。着ることも脱ぐことも小さいおっぱいのせいでプールのすべての時間が本当に憂鬱な時間でした。今でも夏になるとそのことを思い出します。友人にそのことを話しても分かってもらえないと思ったので、おっぱいの悩みを誰にも打ち明けることはありませんでした。
それからというもの、何かその悩みを解決できるような方法はないものかとあれこれ試行錯誤しました。まず初めに、てっとり早く行うことができそうだったのでバストアップの運動を行うことにしました。これは、テレビでも何度か見たことがあったので、そのやり方を思い出しながら時間を見つけては行っていました。ですが、性格的に三日坊主になりやすく、その運動も三日経った頃には自然と忘れてやらなくなりました。「こんなんじゃダメだ!」と自分自身では分かっているつもりではありましたが、何をやっても長続きしない自分の悪い癖がそこでも邪魔してしまいました。結果的に悩みを解決するどころか振り出しに戻ってしまい、見事失敗に終わりました。
今現在30代半ばにさしかかっていますが、相変わらずおっぱいは小さいままです。ですが、おっぱいが小さくてよかったなと思ったこともいくつかあります。まず、走ってもおっぱいが邪魔しないということです。友人は、おっぱいが大きいせいで走ることが大変そうでした。でも、私全く大変ではなく、スムーズに走ることができています。また、洋服選びの面でもおっぱいが小さくてよかったなと思っています。
おっぱいが大きいと胸だけ強調されてしまうような洋服も多いので、おっぱいを気にせずにいろいろなおしゃれを楽しむことができて本当によかったなと思っています。さらには、おっぱいが大きいとブラジャー選びもものすごく大変だと思います。私のようにおっぱいが小さいと手軽に可愛いブラジャーを購入することができ、値段も安いものが多いので経済的な面から見てもとても助かっています。
どうしてもおっぱいが小さいとそればかりに目が行ってしまいがちですが、良いこともたくさんあるのでそういったことにも目を向けてみるとまた違った世界が広がりますよ。