物心ついた時から、私のおっぱいが大きくならないことは自覚していました。何故なら、曽祖母、祖母、母と揃って皆がBカップ程度の貧乳だったからです。もっとも悩んでいたのは、中学3年生の時です。周りの女子は次々と胸が育っていき、基本的にCカップ以上の子しかいませんでした。制服がセーラー服だったため、胸の大きさはおのずと目立ち、比較されるようになりました。

私のおっぱいはというと、左右の大きさが違って、左はBカップ、右はAカップでした。ただでさえ小さいのに、左右のバランスが違ってブラジャーが噛み合わないのです。色はベージュで悩みはしませんでしたが、乳輪からのムダ毛が頻繁に生えてきて、2日に一度はカミソリを使って剃らなくてはいけませんでした。おかげで乳輪から出血したこともあります。

周りの女子はというと、たわわに実ってハリのあるおっぱいで、くびれもあるのでボディーラインが完璧な子ばかりでした。また、おっぱいが張って痛いなどの発言を聞くたび、痛みの想像なんかより、羨ましさしかありませんでした。思春期まっさかりなので、周りの男女にもおっぱいをからかわれます。貧乳とあだ名をつけられ、男子からはあいつは可愛いけど胸がないから女子としては見られない、と言われショックでした。同時におっぱいで判断するな、と苛立ちもわきました。

体育の時の着替えも嫌な時間でした。女子からブラジャーの小ささと地味さをからかわれたのです。当時、Bカップのブラジャーはあまり売っておらず、自分の好きな可愛いデザインのものが見つかりませんでした。中学生なのにベージュのブラジャーをしていた時期もありましたし、あきらめてスポーツブラを選んでいた時期もありました。

そんな私は、様々な方法で貧乳を改善しようとしました。まずは豆乳です。もともと苦手だったのですが、調製豆乳ならなんとか飲めたので、毎朝コンビニで買って薬と思って飲んでいました。他にもバストアップをうたった食品を試しました。プエラリア・ミリフィカが配合されたクッキーなどです。美味しかったですが、効き目を感じたことはなく、余計な出費に終わりました。少し改善を感じたのは補正下着です。ある時友達に下着屋さんに連れて行かれて、毎月5000円の36回払いで、補正下着一式を購入しました。寄せて上げるとはこのことで、これを付けたおかげでバストが1カップアップし、こんな私でもCカップにはなりました。アンダーが65なので、それでも貧乳には変わりありませんが、嬉しかったです。

大きくなる訳ではありませんが、おっぱいの形が整う方法として今でも実践しているのが、ストレッチです。両手を合わせてグッと押すストレッチを毎日欠かさずしています。若干ではありますが、これを続けることで脇肉のはみ出ている部分が少なくなっている気がします。

中学生の間は散々悩んだおっぱいですが、高校生になると男子の中でも、おっぱいは関係ないとか、貧乳のほうが落ち着くといった意見が出てきました。これには救われました。要するにおっぱいの大きさは好みによって違って、悩みすぎる必要はないんだということが分かりました。今ではおっぱいの大きさを気にしない彼氏もできて、昔ほどは悩まなくなりました。左右の大きさの違いに関してはやはり課題で、あまり高くない補正下着を試してみたり、試行錯誤を続けています。

最後に、貧乳で得した話があります。それは趣味のランニング、登山、水泳などの運動がしやすいことです。大きなおっぱいは揺れたり、邪魔になるそうです。私は激しい運動をする時もおっぱいが邪魔と思ったことがないので、そこは得したと自覚しています。また、洋服によってはおっぱいが大きいと似合わないものもあるし、ひとえに貧乳が損をするという訳でもないようです。おっぱいの悩みは、思春期には多くの人がぶち当たるものですが、あなたもいずれ理解してくれる人に出会えて、あなたなりの方法で工夫できる日が来ますように、応援しています。